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旅の途中2 [Vancouver]

12月31日、新卒でお世話になった会社を辞めてから、約一年。現在は希望通り、バンクーバーで、この春からワーホリとして生活をしています。昨年の今頃、2011年のテーマとして挙げた言葉が、『旅』。そんな想いを、それだけの想いを持って気持ちは新鮮な状態で4月1日にバンクーバーに入りました。

バンクーバーに入ってから、ESLに通った。恐ろしい程、コミュニケーションが取れない。この瞬間が、『英語』との長い戦いの始まりでした。大学までに習ったはずの基礎文法から、逃げていた自分を悔いた。自分のこの4月までの環境では、必要の無い事をやるわけだから、しんどいですよね。

それでも、ワクワクした気持ちは続いた。2月間、そこで勉強した自分は、学校や街での英会話にそれなりの自信があった。そのタイミングで、旅に出ました。カナダ、アメリカの東部の11の街を、5週間掛けて廻りました。英語が分からず半泣きになり、同じようにバックパッカーとして廻っている日本人以外との交流があり、現地に暮らす日本人にお世話になり、ナイアガラの存在感に脱帽で、メジャーリーグの雰囲気に圧巻され、日本とアメリカとの歴史認識の差を肌で感じ、日本企業の世界に置ける存在感の大きさを感じた。

ただ5週間の旅の中で、かなりの精神的、肉体的疲労を感じた。新しいものを見ても、感動が前よりも薄くなっていた。『自分がどこの誰かが、分からなくなる瞬間』があった。旅への満足感が出た証拠だろう。

そして、その中の出会いが、英語に関して新しいステージを作った。バンクーバーに戻ってからの勉強のモチベーションに繋がった。僕にとってはバンクーバーは学びの場所だ。人や街が温かい、住みやすい街は僕にとっては学びやすい街なんだ。

旅を終えてからは、もう一度、基礎からの学びです。僕の出した結論が『英語で分からない事を英語で説明される環境より、日本語で細かく聞く事に重心を置く』でした。そして、ここ新たに出会った日本人の先生の教え方に、魅力を感じました。普通に英語を話している人の感覚ならば、当たり前の感覚の事も、日本語しか知らない僕らには、理解が難しいんです。例えば、『この時計を40㌦で買った』を英語にするとします。僕は、初めてここの先生にこれをあてられて、ハチャメチャな答えをした。すぐに直してもらったのが『I bought this watch for $40.』。この『for』のニュアンスって、英語を普通に話せる人にとっては当たり前のように使う前置詞ですが、僕にはその感覚がなかった。先生は『watch』を『$40』と交換したイメージだと教えてくれた。本当に目から鱗でした。このイメージが定着したので、僕はもうこれで間違える事はありません!(本当に、僕の英語はこれくらいのレベルなんですよ。)

それからは、勉強の日々が続いた。今年のテーマである『旅』の欲求を最初に満たしたことや、授業に時事ネタが盛り込まれていた事、周りの生徒さんのモチベーションの高さ、学校としての生徒へのバックアップなどから、集中して勉強を続ける事が出来た。思えばこれで、僕のワーホリの大半はこの学校に通っている事になる。旅での出会いが無かったなら僕のワーホリはどうなっていたのだろう。出会いが道を造って行く感覚ですね。現在は、記事によっては英字新聞を読めたり、『NHK world news』を理解出来たり、それくらいのレベルです。一方、喋る事に関しては、『読み』『聞き』に比べて弱いです。今後の課題の一つはそこにあるかと思います。

来年に関しては、しばらくは継続して学びを続けようと思っています。
ここまでやったので、TOIECで、もうちょっと高いスコアを取りたいな。それと、自分に足りないところを埋めて行く年になると思います。

そして欲を言えば『旅』の続きがしてみたいです。適当にギターでも持って行きたいな。地球はまだまだでかいです。今の自分の立場だと、やりたいと思った瞬間に出来る事だと思うから、悔いの無い留学にします。

多くを学んで日本に帰る準備にして行きますね。
また、遊んでやって下さいね。

2012年、僕たちが少しでも満足いく生活が送れますように。

12月をバンクーバーで [Vancouver]

あまりに久しぶりに、ここに書き込みます。人のブログはちょいちょい覗いて、それが更新されてなかったら、誰に攻められ他でもないのにがっかりする。そのくせに、自分のは疎かって言うね(笑)

ここに来ると決めてから1年が過ぎます。一言で表すと『楽しい』です。

希望だった、旅行にも行けたし英語勉強も出来ているし。

自分はこっちでipad2を使っているんですが、その待ち受け画面がワシントンの硫黄島記念碑なんです。
なんだか、あんな遠いところに一人で出かけて行ったのが遠い昔のようです。

英語に関してはどこまでやっても第二言語です。いつ花が咲くのかも分からない、果てのない分野だけど、やるからにはやれるだけの事をやりたいから、徹底的に自己満足行くまでやってます。正直、去年までの生活をしてた自分と比べると、苦なんてほとんど感じません。こっちの生活に現実が無いですもんね。

学ぶ場所に身を置いて、新しい仲間が出来ました。同じ志を持った人がいるだけで、勇気が出ますね。これもここで得たものの中の一つです。

そうやって出来た友だちが次第に自分の国に帰って行きます。なんだかんだで、仲良くなりやすいのは日本人か、こちらの事を分かろうとしてくれる、他の国の人です。僕は別れの場面が苦手です。出来れば避けて通りたいくらい。でも、これも出会いと切り離す事が出来ないもんだからね。本当に素直に出会えた事に感謝です。

そして、『苦が無い』とか言ってた自分ですが、何かあった時には日本にいたころの友だちや家族を思います。繋がりに感謝。

ここで良い思いさせてもらってますね。それを忘れずに次ぎに行こう。

まとまりの無い文章ですが、読んでくれてありがとうございます。

ちょっとした感動 [Vancouver]

こんにちは。ご無沙汰しています。
9月に入り、半分が過ぎていました。
バンクーバーは2週間ほど前までは、夏が全力で稼働していたのに、もうすっかり寒くなり、空もどんよりとしています。

英語勉強の毎日です。今通っている学校はTOIECの点数を上げる事に重きを置いた学校です。ここの学校の先生が本当に魅力的な人で。英語を好きな気持ちを軸に、日本人としてやってきたことが窺うことが出来ます。今はその先生から『名詞、動詞、形容詞、副詞、前置詞、接続詞』等や『主語、述語、目的語、補語、修飾語等』等、基礎になる英語から学ばせてもらっています。そして5週間が過ぎました。
今のこの気持ちを表現するなら、『先生に出会えてよかった』という強い想いと、少しの『日本で文法の勉強をしておけば良かった。』という想いです。

英語の学び方は人にもよるし、僕の性格と学び始めたころの能力を考えると、ここでの勉強がこれからの生活に大きな影響を与えるのではと、期待しています。

それでも、英語の力って計る事が難しいですね。客観的にテストの点数で計れる部分もあるにせよ、それがゴールじゃないし、それだけにフォーカスするって、怖い事でもあると思います。とはいえ、また仕事を探す事を前提に考えると、点数があるに超した事は無いですもんね。

テストの事は、とりあえず置いておいて。

この前ね、友だちの家に遊びにいった帰りに電車に乗っていると、後ろに座っていた女性が僕に乗り換え方法について、当たり前ですが英語で話しかけてきたんです。女性の行き先を聞いてみると、僕の行き先と同じ方向で。30分くらい一緒に電車で話をしました。『日本で起こった地震と原発のこと』『カナダの人の心の温かさ』『日本の企業の優秀さ』『その人と僕の生い立ち、家族の事』『今のお互いの生活の事』『これからの夢の事』『僕の英語に対する想い』等々。気付いたらあっという間に時間が過ぎていました。その間の彼女の発した言葉を、スッと受け入れている自分がいました。僕から発する言葉は、まだまだ幼稚なもんだと思いますが、聞く分には、問題がありませんでした。カナダに来た頃の自分と比べると、ちょっとだけ自分が成長したことを感じられました。

楽しく過ごせたといういうことは、成長の証なんだと想います。

ちっちゃなことだけど、こういうことで感動しています。

夏の終わり [大学]

半袖で出歩くには今日は寒かったです。徐々に季節が進んでいるんでしょうね。

少しでも変化がある時って、日本と比べてしまいますね。
8月の後半ですけれども、今年は『残暑』という言葉を日本語としても英語としても使わなかった。
感覚では、今朝の寒さは、日本でいうところの10月下旬なんですよ。

僕が過ごした大学は兵庫県福崎町にあります。
多感な時期を過ごした街なので深い思い入れがあります。
今日のこの肌の感覚は僕に毎年10月末に行っていた学園祭を思い出させるんです。

先週末、その時のメンバーによる同窓会が福崎で開かれた。
その写真を見ると、みんな変わっていない。
それぞれ違う道の中で、また繋がりを見いだせる事って素晴らしいよね。
自分は現場にいなかったものの、その場にいて一緒にはしゃいでいたような錯覚に陥りました。

また10月に、みんなの元気な写真、見せてね。

しーゆーあげいん。

雨、上がれ [Vancouver]

この街の夏の日差しは厳しい。

それは山も海も建物もそのものが持つ独特の色合いをはっきりと描き出すことを手伝っている。

僕が知る限りこの夏この街で雨が降る事は殆どなかった。

僕の予定ではこの街で過ごす時間は一年なので、経験出来る夏の数は一回。


昨日バンクーバーは大雨だった。

まさか『バケツを引っくり返したような雨』という表現を今使うなんて思いもしなかった。

一度きりの夏だから雨が多いと言われるこの街の冬が来るまで、それには出てきて欲しくなかった。


何者かによって僕のモラトリアム期間の終わりを示唆されているようだった。


だから、もう少しだけ、夏を。

8月15日 [life]

2011年7月4日、僕はアメリカ、ボストンのベースボールパークであるフェンウェイパークにいた。
http://erimakitokage.blog.so-net.ne.jp/2011-07-06

ご存知の通り、この日はアメリカの建国記念日。カナダへのワーキングホリデーだけれども、旅の日程の都合上、この場所でアメリカの独立を祝うアメリカ人の為のセレモニーを経験した。

一貫して言える事は、ベースボールパーク全体が『USA』を想う気持ちに包まれていた。自分の国を愛する気持ちが集まった時、こんな雰囲気になるんだなと、日本にいた時には感じる事が出来なかった気持ちになった。サッカーや国別対抗のスポーツの試合で歌われる国歌とは違う。国が生まれた事を純な気持ちでみんなでお祝いする。

そして、今日、ざっとインターネットニュースを見た。

『終戦の日』がトップ記事として扱われていない。皮肉だがもちろん管さんは靖国神社に参拝すらしない。普段、国会でははっきりと答弁しない(しようとしない)人が、3日も前に『参拝する意志がない』ことを明言した。何もあの人に期待する事は無いが、本心からあきれるばかりだ。あの人と言うより、あの人を生み出した社会にあきれるばかり。

2011月7月10日、ワシントン、海兵隊記念碑(硫黄島記念碑/正式にはいおうとう)を訪れた。
http://erimakitokage.blog.so-net.ne.jp/2011-07-14

抽象論で平和を語る事は簡単なこと。僕も学校で『戦争反対』と教えられてきた。ただ、何で戦争があったのかを説明してくれる人はいなかった。
今、日本がなんでよその国から自分の領土に不法に入り込まれても、毅然とした対応が出来ないのか。そんなことは教えられなかった。
http://erimakitokage.blog.so-net.ne.jp/2010-12-18-2

2010年11月、僕は沖縄、白梅の塔を訪れた。
http://erimakitokage.blog.so-net.ne.jp/2010-12-18-3

そこには、沖縄戦の跡がありありと残されていた。
死ぬ事の恐怖を、死んだ事の無い僕らに教えてくれた。
その場所で僕は、生きている事の意味、当時そういう選択をするしか出来なかった人たちの想い、
そして、日本の今を感じた。

僕は、今の日本の世界の中での立ち位置は1945年が原点になっていると想う。
あの事実に対する向き合い方に間違いがあったんだと想う。世界中の国の中で戦争に一度負けたというだけで、いつまでも自信を持てないのは日本だけです。

そんな原点になった出来事だから、風化させてはならないと想う。
覚悟をもって。

そして、僕は西を向いてお水を飲みます。
http://erimakitokage.blog.so-net.ne.jp/2010-12-18-1

日本が本当に独立した国になる日を願いながら。

旅が教えてくれたもの [Vancouver]

旅が終わりバンクーバーに戻り一ヶ月が経ちました。

バンクーバーに戻ってからはESLの残りの期間があったので復帰して、

ほとんどの知り合いが卒業していて顔ぶれが変わっていたことに戸惑い

やっと慣れたかなと思った頃には一月が過ぎていた、

そんな感じです。


本音を言うとこっちに戻ってから、ESLに行く事に積極的になれない自分がいた。

旅の中で感じた事の一つが『英語に対する壁の高さ』です。

例を挙げます。トロント発セントジョンズ行きの飛行機が天候の理由で着陸出来ず、ハリファックスに引き返した。

その時に、航空会社は『ハリファックスで一泊するか、それともトロントに戻り一泊するか』を乗客の僕らに問うた。

僕は、早口の英語に何も対応する事が出来ず、ただただ立ち尽くすしか出来なかった。

それまで、2ヶ月間通っていたESLがいかに自分にとって『守られた英語環境』だったかを思い知らされた瞬間だった。

旅行中、英語に関して言えば、本当に赤ん坊状態だったと思う。(今でもそうなんだけどね…)

それを踏まえて、バンクーバーに戻りとりあえず通学期間の残っているESLに復帰した。

そこで感じた事は、ここの英語の先生の力です。

僕のつたない英語を汲み取って、会話に仕上げてくれる。

外でしゃべっていた英語とは明らかに違う。

僕が最初の2ヶ月でどれだけいい気になっていたのかを気付かされた。

あくまで僕の考えの中の話ですけれども、

ESLは英語初心者には、英語力向上という意味では向かない。

もっと基礎があった方が後の生活が楽になると思う。

もちろん日本以外の国の友だちを造るという意味や自分の居場所を造る意味合いでは有益な場所だとも言える。

実際にここでしかない出会いもありました。

何れにしてもこれは一度外の出たから感じられる事だとも思う。


立ち戻って考えると、僕のワーホリの目的は

1、『見聞を広げる事(旅行やここでの暮らしを通じて)』
2、『英語を学ぶ事』
でした。

1に関してかなり満足感がある今、2をもっとフォーカスする必要があると考えます。

だから、来週から学校を変える事にしました。

日本人の先生がクラマーを中心に丁寧に日本語で教えてくれる学校です。

バンクーバーにいるのに『ネーティブの先生から習わないのか?』と言う思いよりも

自分の英語の力と、その学校の雰囲気を考慮した上で出した結果がこれでした。

正直な気持ち、バンクーバーでの滞在は日本に帰る事を前提に考えているので

『何か証明になる物が欲しい』

そんな気持ちが強いです。


ただ、これも旅の中の出会いが僕に教えてくれた

『言葉を学ぶ事は、相手の発想を学ぶ』

と言う点も忘れずに学びに取り組んでいきたいと思います。

出来るだけ多くの人に、自分の意志を強く正確に伝える為のツールとして

英語を学んでいきます。


ともあれ、今の学校からも学ぶ事は沢山あると感じているので

最後まで思いっきりやっていこうと思います。
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